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東京地方裁判所 昭和50年(特わ)1450号 判決 1975年10月15日

被告人 元橋廣

大一一・五・一三生 会社役員

主文

被告人を罰金一〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときには、金二〇〇〇円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

被告人に対し、選挙権及び被選挙権を有しない期間を三年に短縮する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和五〇年四月二七日施行の東京都北区議会議員選挙に立候補し当選したものであるが、自己の選挙運動者である谷久二、小関嘉也、加藤清一、佐々木敏男、土屋文三、小暮竹郎、湯本親平、中田吉春及び萩原隆満らと共謀のうえ、自己の当選を得る目的をもつて、いまだ立候補の届出前である昭和四九年一二月中旬ころ、

一  別紙一覧表(一)記載のとおり、東京都北区田端新町一丁目三〇番三号今泉市境子方ほか三九か所において、右選挙の選挙人である同人ほか三九名に対し、自己のために投票及び投票取りまとめ等の選挙運動をすることの報酬として、二リツトルびん詰しよう油二本(時価約八六〇円相当)ずつを、番号1ないし20については木島屋食料品店を、番号21ないし36については西宮酒店を、番号37ないし40については樋口商店をそれぞれ通じて供与するとともに、立候補届出前の選挙運動をし、

二  別紙一覧表(二)記載のとおり、同町二丁目一番一二号権代光太郎方ほか一か所において、右選挙の選挙人である同人ほか一名に対し、自己のために投票及び投票取りまとめ等の選挙運動をすることの報酬として、二リツトルびん詰しよう油二本(時価約八六〇円相当)ずつを、樋口商店を通じて配達し、供与の申込をするとともに、立候補届出前の選挙運動をし

たものである。

(証拠の標目)(略)

(補足説明)

公職選挙法二二一条一項一号の供与罪は、同項四号の受供与罪といわゆる必要的共犯の関係にあるものであるから、供与罪が成立するためには受供与罪もまた成立するものでなければならない。そして、受供与罪は、供与者が供与の趣旨、すなわち当選を得る等の目的をもつて物品等を供与するものであることを認識しながら、その物品等の供与を受けることによつて成立し、同時に終了するものであるから、供与を受けるときに供与の趣旨を認識していることが必要であり、供与を受けた後に供与の趣旨を認識しても犯罪は成立しないのである。ここに供与を受けるというのは、もらい受けるということであるから、供与者があいさつもなしに一方的に物品等を送り届けるような場合には、送られた趣旨がわからない等のため、もらつてよいものか否かの判断に迷うこともありうるので、そのようなときは、決断をするのに必要な相当の期間内は、物品等を占有下においていても、いまだ供与を受けたものとはいえず、もらい受けるという決断をしたとき、あるいはその判断に必要な相当の期間を経過したときに供与を受けたことになるものというべきである。従つて、そのときに供与の趣旨の認識があれば、なお受供与罪が成立するのである。なお、供与の趣旨を認識することなく供与を受けた後、その趣旨を認識したのに供与を受けた物品等を返還しないということがあつても、その不作為を供与の趣旨を認識しながら供与を受ける行為と同一に評価することはできないから、いわゆる不真正不作為犯は成立しないものと考える。

ところで、綿引みよ及び伊藤かくの検察官に対する各供述調書によると、右両名(犯罪一覧表(一)の番号20及び23参照)は、届けられたしよう油の趣旨がわからなかつたため、もらうべきか否か迷い、しばらくの間いろいろと考えた末、供与の趣旨を認識したのに、けつきよく返還することなく、そのままもらい受けることにしているのであるから、供与を受けたときに供与の趣旨を認識していたことになり、受供与罪、従つてまた供与罪が成立することになるわけである。

これに反し、権代光太郎の検察官に対する供述調書及び河野正昭の司法警察員に対する供述調書によると、右両名(犯罪一覧表(二)参照)は、しよう油が届けられた際、被告人の後援会事務所が設けられたことによるあいさつと思つて、その供与を受けたもので、供与の趣旨に気付いたのはその後ではないかという疑いが強く、他に両名がしよう油の供与を受けたときに供与の趣旨を認識していたものと認むべき証拠がないので、両名に対する関係では供与罪は成立しないものといわなければならない。しかし、被告人が判示のような目的をもつて両名にしよう油を届けたことは明らかであるから、供与の申込罪の限度で有罪の認定をしたわけである。

(刑事訴訟法三三五条二項の主張に対する判断)

弁護人は、被告人は事前に自由民主党北区支部長に照会するなどして、その経営する会社の名で歳暮としてしよう油を贈るのであれば、選挙運動の目的があつたとしても、公職選挙法上許されるものと信じていたのであるから、違法性の認識を欠き罪とならない旨主張するが、犯罪の成立には違法性の認識を必要としないのであるから、所論は採用することができない。

(法令の適用)

被告人の判示所為中、供与及び供与の申込の点はいずれも公職選挙法二二一条一項一号、昭和五〇年法律第六三号公職選挙法の一部を改正する法律附則四条、刑法六〇条に、事前運動の点はいずれも公職選挙法二三九条一号、一二九条、昭和五〇年法律第六三号公職選挙法の一部を改正する法律附則四条、刑法六〇条に該当し、右供与及び供与の申込と事前運動とはいずれも一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、同法五四条一項前段、一〇条により一罪として、いずれも刑の重い供与及び供与の申込罪の刑で処断することとし、所定刑中いずれも罰金刑を選択し、以上は同法四五条前段の併合罪なので、同法四八条二項により各罪所定の罰金の合算額の範囲内で、被告人を罰金一〇万円に処し、同法一八条により、右罰金を完納することができないときは、金二〇〇〇円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置し、訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項本文を適用して、被告人の負担とし、公職選挙法二五二条四項により、選挙権及び被選挙権を有しない期間を三年に短縮する。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 坂本武志 坂井宰 木村烈)

別紙一覧表(一)(二)(略)

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